東京高等裁判所 平成3年(行ケ)215号 判決 1993年10月12日
スイス国 バーゼル市 クリベックストラーセ 141
原告
チバ・ガイギーアクチェンゲゼルシャフト
同代表者
ヘルムート リヒター
同
クラウス ホーエンベルガー
同訴訟代理人弁理士
萼経夫
同
成田敬一
同
中村寿夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
同指定代理人
松村貞男
同
藤井彰
同
田中靖紘
同
長澤正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者双方の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が昭和62年審判第16466号事件について平成3年3月14日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、第2項同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和53年12月29日、名称を「焼付けメタリックラッカー用安定剤」(平成2年6月26日付手続補正書により「二層焼付けメタリックラッカー用安定剤」と補正。)とする発明(以下「本願発明」という。)について、1977年12月30日及び1978年4月28日にスイス国に対してした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和53年特許願第164571号)したところ、昭和62年5月11日拒絶査定を受けたので、同年9月21日査定不服の審判を請求し、昭和62年審判第16466号事件として審理され、平成元年3月41日特許出願公告(平成1年特許出願公告第14263号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成3年3月14日特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年5月11日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物、その酸付加塩又は金属化合物との錯体を、ベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型の紫外線吸収剤とともに含む、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーを光の作用に対して安定化するための、二層焼付けメタリックラッカー用安定剤(二層焼付けメタリックラッカーにおいて、メタリック顔料は下層中に存在し、安定剤は上層中に存在し、かっ該ラッカーは粉末ラッカーではない)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対し、本件優先権主張日前に頒布された昭和48年特許出願公開第65180号公報(以下「引用例1」という。)には、2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物を有機物質中に添加してなる、紫外線照射若しくは熱による劣化に対して安定化された有機物質組成物が記載され、該有機物質としてポリオレフィン、スチレン重合体のほか、各種の天然及び他の合成重合体が示され、さらに油性のペイント、ラッカー等の基材の樹脂となるアルキド樹脂も挙がっており(33頁右下欄9行ないし34頁右上欄1行)、また、上記有機物質組成物は、他の添加剤、例えば酸化防止剤、紫外線吸収剤等を含んでもよく(34頁右下欄1行ないし9行)、該紫外線吸収剤の例としてベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型のものが示されている(39頁)。
同じく、「工業材料」25巻4号54頁ないし65頁(日刊工業新聞社昭和52年4月発行。以下「引用例2」という。)には、自動車の塗装実例に関する記載があり、上塗りの項に「メタリックカラーは熱硬化型アクリル系(溶剤型および非水分散型)がほとんである」(56頁右欄34行ないし36行)、「メタリックカラーは2コート・1ベーク方式(メタリックエナメル吹付後ただちにクリヤー塗装して、いっしょに焼付)である。」(56頁右欄下から4行ないし2行)と記載され、また、その表4(60頁)には各種上塗り塗料(焼付塗料、アルキッドエナメル、硝化綿アクリルラッカー等)の仕上り性等の比較が示されている。同じく、昭和50年特許出願公開第69157号公報(以下「引用例3」という。)には、2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物とベンゾフェノン化合物、オキザルアニリド化合物又はベンゾトリアゾール化合物とからなる高分子有機化合物用安定剤が記載され、該安定剤により安定化される基質(高分子有機化合物)として、スチレンーアクリロニトリルーブタジエン共重合体、スチレンーアクリロニトリルーアクリル酸エステル共重合体等が示されている。
(3) 本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の有機物質組成物はラッカーとしての態様を包含し、安定剤として2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物のほかに紫外線吸収剤を含んでよいものであるから、両者は、2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物及び紫外線吸収剤を含む、重合体を基質とするラッカーを光の作用に対して安定化するためのラッカー用安定剤の発明である点で一致し、さらに、紫外線吸収剤の種類においても一致しており、そして、本願発明の要旨中、括弧内の記載は二層焼付けのメタリックラッカーについて普通の実施態様の―つを記載しただけであるから、結局、本願発明は引用例1により本件優先権主張日前公知であるラッカー用安定剤を熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカー用にしたものに相当する。
こうした適用が当業者にとって容易に想到しうることであるかどうかについて検討する。熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーそのものは、引用例2に示されるとおり自動車の車体塗装において通常に使用されているものである。そして、このようなラッカーにおいてはその特定の用途からみて光等に対する安定化が必要であることは当然のことであるところ、安定剤としての2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物と、ベンゾフェノン化合物、オキザルアニリド化合物やベンゾトリアゾール化合物等の紫外線吸収剤とからなる複合安定剤が、上記特定のラッカーの基質樹脂の原料モノマーと共通するスチレンやアクリル系モノマー単位を含有する重合体の紫外線や熱等による劣化に対して優れた安定化効果をもたらすものであることが上記引用例3に記載されているのであるから、上記適用は当業者が容易に想到しえたことであるというほかはない。
そして、本願発明の作用効果は各引用例の記載から予期される以上のものを奏するとすることもできない。
したがって、本願発明は、引用例1ないし引用例3記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
各引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明との相違点が審決認定のとおりであること、審決認定のとおり熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーそのものが引用例2に示されるように自動車の車体塗装において通常に使用されていることは認めるが、審決は、引用例1記載の発明の技術内容を誤認した結果、一致点の認定を誤り、本件優先権主張日当時の技術水準を誤認し、また、引用例1記載の発明及び引用例3記載の発明と本願発明との技術内容の差異を看過した結果、相違点の判断を誤り、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、引用例1記載の有機物質組成物はラッカーとしての態様を包含し、安定剤として2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物のほかに紫外線吸収剤を含んでよいとの認定を前提に、本願発明と引用例1記載の発明は、2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物及び紫外線吸収剤を含む、重合体を基質とするラッカー用安定剤の発明である点で一致し、さらに紫外線吸収剤の種類においても一致すると判断している。
しかしながら、引用例1には、2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物をベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型の紫外線吸収剤と組み合わせたラッカー用安定剤は記載されていないから、審決の上記認定判断は、引用例1記載の発明の技術内容の誤認に基づくもので、誤りである。
すなわち、引用例1の特許請求の範囲には、別紙第一の式(Ⅰ)で表わされる2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物を有機物質中に添加してなる安定化有機物質組成物について記載されている。そして、引用例1には安定化される有機物質が列挙されている(33頁右下欄9行ないし34頁右上欄1行)が、ラッカーに関しては、その末尾の4行に「該重合体は例えば表面被覆の手段、例えば油性のペイントもしくはラッカー又は樹脂例えばアルキドもしくはポリアミド樹脂塩基の基材を成すことができる。」と記載されているのみで、実施例等その他の記載はすべて成型材料に関する記載である。
また、引用例1には、場合によっては引用例1記載の発明の組成物は、酸化防止剤、U.V.吸収剤等の他の添加剤を含んでもよいと記載され、酸化防止剤として13種の型のフェノール系酸化防止剤、その他アミノアリール系酸化防止剤が列挙され(34頁左下欄13行ないし39頁左上欄6行)、紫外線吸収剤として(a)ないし(h)の8種の型の化合物が列挙されている(39頁左上欄7行ないし右下欄下から7行)。しかしながら、上記の多数列挙された酸化防止剤、紫外線吸収剤等は、場合によって添加される添加剤であって、引用例1にはどのような酸化防止剤、紫外線吸収剤をピペリジン化合物と組み合わせてどのような有機物質に添加するのかは記載されていない。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点について、当該ラッカーにおいてはその特定の用途からみて光等に対する安定化が必要であることは当然のことである、と認定したうえ、安定剤としての2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物と、ベンゾフェノン化合物、オキザルアニリド化合物やベンゾトリアゾール化合物等の紫外線吸収剤とからなる複合安定剤が、スチレンやアクリル系モノマー単位を含有する重合体の紫外線や熱等による劣化に対して優れた安定化効果をもたらすことが引用例3に記載されていると認定して、相違点に係る適用は当業者が容易に想到しえたことである、との結論を導いている。
しかしながら、この審決の認定判断は、次のとおり、誤りである。
<1> 本件優先権主張日当時、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーの安定化の技術としては、紫外線吸収剤を添加することしか知られていなかったから、単純に光等に対する安定化が必要であることが当然であるとした審決の認定は誤っている。
すなわち、引用例1及び引用例3記載の発明は熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーの安定化の技術ではなく、乙第9号証記載のものは熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーのクリアー層の安定剤として紫外線吸収剤を記載しているにすぎない。
<2> 引用例1には、若干の重合体が列挙され、それらは例えば油性のペイント若しくはラッカー又は樹脂、例えばアルキド若しくはポリアミド樹脂塩基の基材をなすことができることが記載されているが、そこに記載されたラッカーは、使用された溶剤を揮発することで物理的に乾燥するラッカー系である。この溶剤は、単に塗布を容易にし特に塗布表面に均一な塗布被膜を形成するために使用されるにすぎず、乾燥するラッカーは基剤が塗布表面に単に析出するだけである。この種のラッカーは、耐久性がなく、接着強度も不十分で自動車の塗装には使用することができない。
これに対し、本願発明の二層焼付けメタリックラッカーのクリアラッカーにおいては、メラミン等の架橋剤が添加され基質である熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂は、加熱により三次元的架橋が生じて硬化し、不溶、不融性となるものである(昭和63年11月17日付手続補正書添附の明細書(以下「補正明細書」という。)48頁15行ないし49頁18行)。つまり、クリアラッカー中の熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂は、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ベンゾグワナミン樹脂等の架橋剤と加熱により反応して三次元的架橋が生じて硬化するものであり、物理的に乾燥する樹脂とは、特に架橋密度において異なり、ラッカーの機械的性質も物理的に乾燥する樹脂とは顕著に異なる。
そうすると、引用例1記載の発明は、本願発明とは技術内容が異なるから、引用例1記載の発明に引用例3記載のものを組み合わせても、本願発明に想到することは容易ではない。
<3> 引用例3に示されたスチレン系重合体は、線状の一次元の化学構造を有し、溶剤可溶性であり、加熱すると溶融する熱可塑性重合体であり、プラスチック成形品の典型的な材料である(3頁左上欄12行ないし右上欄8行)。該重合体は、側鎖に架橋剤(例えばメラミン樹脂)と反応する官能基(ヒドロキシ基、アミド基等)を有していないため架橋剤と反応させて三次元的に架橋硬化させるラッカーのような使い方はできない。
これに対し、本願発明の二層焼付けメタリックラッカーのクリアラッカーにおいては、メラミン等の架橋剤が添加され、基質である熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂は、加熱によりそれらの架橋剤の樹脂と反応して、無限大分子量の三次元網目構造を形成し、溶剤にも溶解しないし、加熱しても溶融しない。
このように、本願発明の、複合安定剤で安定化されるクリア層を構成する樹脂は、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂と架橋剤とが反応して三次元網目構造を有する樹脂であって、引用例3記載の発明のスチレン系重合体とその化学構造を異にしていることから、光による分解のメカニズムも異なる。すなわち、メラミンで架橋されたアクリル樹脂塗膜は、紫外線と水との作用で架橋結合が加水分解により分断されることに基いて劣化するが、引用例3記載の発明のスチレン系重合体は架橋結合を有していないので、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂と架橋剤とが反応した三次元樹脂の光による劣化のメカニズムと異なっていることは明らかである。
このように引用例3記載の発明と本願発明とは技術内容が異なるから、引用例1記載の発明に引用例2及び引用例3記載のものを組み合わせても、本願発明に至ることは当業者であっても容易でないというべきである。
なお、被告は、後記第3の2(2)において、原料アクリル樹脂がスチレンを含む場合を取り上げ、また、本願明細書記載の実施例3(b)においてもスチレンを含む原料アクリル樹脂が使用されているとし、その原料樹脂はスチレンモノマー単位及びアクリル系モノマー単位を重合体の分子鎖に有しており、その点で引用例3記載のスチレンーアクリル系重合体と一致するから、引用例3記載のスチレンーアクリル系の重合体の安定化技術は、本願発明の安定化技術を示唆する旨を主張する。
しかしながら、本願発明が対象とする安定化されるべき樹脂は、クリアー層を構成している三次元樹脂であり、塗布前のラッカー中に存在する一次元の線状重合体である原料アクリル樹脂ではないから、被告の主張は、本願発明が対象とする安定化されるべき樹脂を誤認している。
すなわち、原料アクリル樹脂としてスチレンを含まない樹脂を使用した場合は、該原料アクリル樹脂はスチレンを含まず、また側鎖にメラミン樹脂と反応する基を有する単量体単位を有している点で、引用例3記載の成形品に使用されるスチレン系重合体と異なる。さらに、原料アクリル樹脂としてスチレンを含む樹脂を使用した場合であっても、該原料アクリル樹脂は、側鎖にメラミン樹脂と反応する基を有する単量体を有しているのに対して、引用例3記載のスチレン系重合体はそのような単量体を有しない。そのうえ、原料アクリル樹脂とメラミン樹脂とを反応させたメラミンーアクリル三次元樹脂は、引用例3記載のスチレン系重合体とは、その化学構造も物理的性質も全く異なり、ますます相違してくるのである。
さらにまた、被告は、後記第3の2(2)において、塗膜の劣化が使用される重合体の分子鎖の光(紫外線)による切断によって生じることは技術常識である、と主張する。
しかしながら、光によって切断される部位は重合体の化学構造の相違により異なる。メラミン樹脂で架橋されたアクリル樹脂塗膜は、架橋結合が光と水による加水分解反応により劣化するから、この架橋結合の光と水による加水分解反応による分断を抑制しクリアー層の樹脂塗膜を有効に安定化する安定剤は全く予測できない。この点で、引用例3記載のスチレン系重合体は架橋結合を有していないので、架橋結合が光と水による加水分解反応により分断されるといったメカニズムで分解するものでないことは明らかであり、スチレン重合体の安定剤は、そのような加水分解反応を抑制するのに有効な安定剤を示唆しない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
審決は、本願発明の作用効果は、各引用例の記載から予期される以上のものを奏するといえない、と判断している。
しかしながら、本願発明の作用効果は極めて顕著で、全く予測し難いものであったから、審決の判断は誤りである。
すなわち、本件優先権主張日当時、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーのクリアー層に紫外線吸収剤を添加することが知られていた。しかし、紫外線吸収剤は全く不十分なものであった。また、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とするラッカーの安定剤として2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物さえも知られていなかった。
ところが、本願発明は、ピペリジン化合物を特定の紫外線吸収剤と併用することにより両者の相乗効果に基づいて二層焼付けメタリックラッカーの光沢消失及び亀裂形成に関する問題を申し分なく解決したものであり(本願発明の複合安定剤の相乗効果の顕著なことは、本願明細書実施例及び第2図、77頁第Ⅶ表、79頁第Ⅷ表、第88頁第Ⅸ表、第85頁第Ⅹ表及び88頁第ⅩⅠ表に示されている。)、本願発明の作用効果は全く予測できなかったものである。また、クリアー層に複合安定剤を添加するだけで二層焼付けメタリックラッカー層全体を顕著に安定化することも予想外のことであった。
殊に、前記(2)の<3>及びなお書き記載のとおり劣化のメカニズムは重合体基質により異なり、重合体基質に対し複合安定剤の相乗効果も重合体基質に依存し全く予測できないものであること、現にピペリジン化合物と紫外線吸収剤との複合安定剤は、ポリプロピレンやポリエチレンに対して相乗効果を示さないし、ポリ塩化ビニルやポリエステルに対しても相乗効果を示さないこと、基材が熱架橋性アルキド樹脂ラッカーの場合においても青色又は赤色顔料を配合した単層のラッカーのときは同様であることを考えると、本願発明の二層焼付けメタリックラッカー系が、他のラッカー系と異なるものであり、二層焼付けメタリックラッカー系の上層用安定剤としての本願発明の複合安定剤の相乗効果が全く予測し難いものであることが示されているといわなければならない。
第3 請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。
(1) 取消事由1について
引用例1には、<1>2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物等(以下被告の主張の項において「ピペリジン化合物」という。)を有機物質に添加してなる有機物質組成物は、紫外線照射(光)による劣化に対して安定化されること(特許請求の範囲、33頁右下欄11行ないし14行、34頁左上欄5行ないし17行)、<2>前記有機物質としては、光によって劣化を受けやすい合成重合体物質が対象となること(33頁右下欄9行ないし34頁左上欄17行)、<3>前記合成重合体物質は表面被覆の手段としてのラッカーの基材(すなわち基質)をなすこと(34頁左上欄17行ないし34頁右上欄1行)、<4>ピペリジン化合物とともにU.V.(紫外線)吸収剤が併用できること(34頁左下欄1行ないし9行、40頁右上欄3行ないし10行)、<5>前記紫外線吸収剤としてはベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型のものを用いること(39頁左上欄7行ないし右下欄9行)が、開示されている。
上記<1>ないし<3>をあわせて考慮すると、引用例1には光等による劣化に対する安定剤であるピペリジン化合物を添加してなる合成重合体物質組成物をラッカーとすることが開示されており、これら<1>ないし<1>の記載と上記<4>、<5>をあわせると、引用例1には、ピペリジン化合物及びベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型の紫外線吸収剤を含有する合成重合体物質を基質とするラッカー(すなわちラッカー用安定剤)が明示されているといえる。
したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは、ピペリジン化合物及び紫外線吸収剤を含む、重合体を基質とするラッカー用安定剤の発明である点で一致する、とした審決の認定判断に、誤りはない。
(2) 取消事由2について
熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーは、自動車の車体塗装において通常に使用されているものであり(引用例2、乙第7ないし第9号証)、かかる熱架橋性アクリル樹脂としてスチレンモノマー単位(40%ないし72%)及びアクリル系モノマー単位を重合体の分子鎖に有するものは、本件優先権主張日当時当業者にとって周知のものであり、本願明細書記載の実施例3(b)においても「重合により結合されたスチレン(60%)を含む市販のアクリル樹脂」として用いられている。ところで、塗膜の劣化が使用される重合体の分子鎖の光(紫外線)による切断によって生じることは技術常識であるが、上記「スチレンモノマー単位及びアクリル系モノマー単位」を重合体の分子鎖に有するスチレンーアクリル系重合体に対して本願発明に係る複合安定剤と同一の複合安定剤を耐光性向上のために適用することは、引用例3に記載されている。
したがって、引用例1記載の本願発明の複合安定剤と同一の複合安定剤を上記の自動車の車体塗装において通常に使用されている熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカー(引用例2、乙第7ないし第9号証)用とすることは、当業者が容易に想到することであり、審決の相違点の判断に誤りはない。
そして、原告の主張は、次のとおり理由がない。
<1> 上記のとおり、ピペリジン化合物を特定の紫外線吸収剤と併用したラッカー用安定剤は引用例1に記載されており、本件優先権主張日当時公知であった。しかも、本願発明に係る熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーは、自動車の車体塗装において通常に使用され、また、引用例1にも記載のとおり、2コート・1ベーク方式による塗装においては表面クリヤー層の亀裂発生等耐候性(耐光性)に問題があったこと、さらにその改良のために表面クリヤー層用塗料へ紫外線吸収剤(ベンゾフェノン等)を配合することは、本件優先権主張日当時の技術常識であった。したがって、取消事由2の<1>の主張は失当である。
<2> 塗料に係る技術分野においてラッカーが揮発性溶剤に天然又は合成樹脂を溶かした塗料であることは、技術常識である(乙第4号証)が、本願発明のラッカーは、トルエン、キシレン等の溶剤を使用するものである(本願明細書記載の実施例3)から、本願発明のラッカーは、引用例1記載のラッカーと同一の範疇に属するものである。
そして、審決は、本願発明におけるラッカーの基質として化学的に反応する熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を用いる点を相違点として把握したうえ、判断を導いているから、取消事由2の<2>の主張も理由がない。
<3> 熱架橋性アクリル樹脂としてスチレンモノマー単位及びアクリル系モノマー単位を重合体の分子鎖に有するものが本件優先権主張日当時当業者にとって周知であり、本願明細書記載の実施例3(b)においても用いられていることは、前記のとおりであり、このような熱架橋性アクリル樹脂は、スチレンモノマー単位及びアクリル系モノマー単位を重合体の分子鎖に有する点で引用例3記載のスチレンーアクリル系重合体と一致する。しかも、塗膜の劣化は使用される重合体の分子鎖の光(紫外線)による切断によって生じることが技術常識であることからすると、それらの劣化メカニズムも実質的に差異がないということができる。
したがって、引用例3記載のスチレンーアクリル系重合体の安定化技術は、本願発明に係る熱架橋性アクリル樹脂の安定化技術を示唆しているから、取消事由2の<3>の主張は失当である。
(3) 取消事由3について
本願発明に係るピペリジン化合物とベンゾフェノン等の紫外線吸収剤とからなる複合安定剤は引用例1に記載され、このような安定剤が各種の重合体を光に対して効果的に安定化するという作用効果は、引用例1、引用例3に記載されているので、このような複合安定剤が引用例2に記載された二層焼付けメタリックラッカーを光に対して効果的に安定化するという作用効果は、当業者が予測できたものである。
第4 証拠関係
本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中で引用する書証は、いずれも成立について争いがない。)。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実並びに各引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明との相違点が審決認定のとおりであること、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーそのものが引用例2に示されるように自動車の車体塗装において通常に使用されていることは、当事者間に争いがない。
2 甲第3、第4号証、第8号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果等について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、ポリアルキルピペリジン誘導体を紫外線吸収剤とともに含む、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーを光に対して安定化するための安定剤に関する(補正明細書2頁14行ないし18行、平成2年6月26日付手続補正書(以下単に「手続補正書」という。)2頁11行ないし20行)
メタリックラッカー塗装において熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする焼付けラッカーを使用する場合にしばしば惹起する、特に亀裂形成及び光沢消失に関する問題を、ポリアルキルピペリジン誘導体を基質とする光安定剤を紫外線吸収剤とともに添加することにより、申し分なく解決すること(補正明細書2頁19行ないし3頁6行)を技術的課題(目的)とするものである。
したがって、本願発明は、2、2、6、6-テトラアルキルピペリジン化合物、その酸付加塩又は金属化合物との錯体(以下「A化合物」という。)を、ベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型の紫外線吸収剤(以下「B化合物」という。)とともに含む、熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーを光の作用に対して安定化するための、二層焼付けメタリックラッカー用安定剤(二層焼付けメタリックラッカーにおいて、メタリック顔料は下層中に存在し、安定剤は上層中に存在し、かつ該ラッカーは粉末ラッカーではない。)に関するものである(補正明細書3頁7行ないし16行、手続補正書2頁11行ないし20行、3頁1行ないし5行)。
(2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲(1))記載の構成(手続補正書6頁3行ないし13行)を採用した。
(3) 本願発明は、前記構成により、例えばスチレンを重合により結合して含む熱架橋性ポリアクリレート樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーを安定化することができる。結合したスチレンの含有量によって、屋外暴露により亀裂が形成しなければ、これらの樹脂を用いて優れた物理的及び化学的性質を有する二層焼付けメタリックラッカーを製造することができるであろうが、本願発明に従って、紫外線吸収剤型の常用の光安定剤(B化合物)とともにポリアルキルピペリジン誘導体(A化合物)を併用することによって、亀裂形成に対して著しく安定化することができ、また、熱架橋性アルキド樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーを同様に安定化することができ、本願発明により熱架橋性アルキド樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーも光及び湿気、特に亀裂形成に対して充分満足に安定化することができる(補正明細書49頁20行ないし51頁4行、手続補正書2頁11行ないし20行)という作用効果を奏するものである。
3 取消事由1について
(1) 甲第5号証によれば、引用例1は、発明の名称を「安定化有機物質組成物」とする特許出願公開公報であるが、引用例1には、引用例1記載の発明の特許請求の範囲として、<1>「〔別紙第一の〕式(Ⅰ):(中略)の化合物及びその塩(中略)を有機物質中に安定化作用量添加したことを特徴とする安定化有機物質組成物」(1頁左下欄4行ないし3頁左下欄8行)と記載され、発明の詳細な説明中には、<2>「本発明は更に有機物質と式(Ⅰ)、(Ⅱ)もしくは(Ⅳ)のの化合物の安定量とから成る組成物を提供する。式(Ⅰ)(Ⅱ)もしくは(Ⅳ)の化合物は通常紫外線照射もしくは熱によって起される劣化に対して特に高程度の安定性をポリオレフィンに与えることが見い出された。(中略)光によって劣化を受けやすく、式(Ⅰ)(Ⅱ)もしくは(Ⅳ)の化合物を混合することによりその性質が改善される他の有機物質は天然および合成重合体物質、例えば天然および合成ゴムを含み、そして合成ゴムは例えばアクリロントリル、ブタジエンおよびスチレンの均質一、共一、そして三重合体を含む。特殊な合成重合体にはポリ塩化ビニル、塩化ポリビニリデンそして塩化ビニル共重合体、酢酸ポリビニル並にエーテル、エステル(炭酸、スルホン酸もしくはカルボン酸から誘導された)アミドもしくはウレタン類から誘導された縮合重合体がある。該重合体は例えば表面被覆の手段、例えば油性のペイントもしくはラッカー又は樹脂例えばアルキドもしくはポリアミド樹脂塩基の基材を成すことができる。」(33頁右下欄8行ないし34頁右上欄1行)との記載、<3>「場合によっては本発明の組成物は1種以上の他の添加剤、特に重合体調合中に使用された添加剤、例えばフェノールもしくはアミン系の酸化防止剤、U.V.吸収剤そして光保護剤、亜燐酸塩安定剤、(中略)可塑剤、潤滑剤、乳化剤、帯電防止剤(中略)を含んでもよい。それ故本発明は式(Ⅰ)(Ⅱ)もしくは(Ⅳ)の安定剤を重合体用の1種以上の官能添加剤と一緒に含有する二元、三元および多元成分組成物を含む。」(34頁左下欄1行ないし12行)との記載、<4>「紫外線吸収剤および光保護剤も含まれる。(a)2-(2’-オキシフェニル)ベンゾトリアゾール、(中略)(b)2、4-ビス-(2’-オキシフェニル)-6-アルキル-S-トリアジン、(中略)(c)2-オキシベンゾフェノン、(中略)(d)1-3-ビス-(2’-オキシベンゾイル)-ベンゼン、(中略)(e)場合によっては安息香酸が置換されるアリールエステル、(中略)(f)アクリレート、(中略)(g)ニッケル化合物、(中略)(h)オキザル酸ジアミド、例えば4、4’-ジオクチルオキシオキシアニリド(後略)」(39頁左上欄7行ないし右下欄13行)との記載、<5>「一般式Ⅰ、ⅡまたはⅣで示される化合物と共に、いかなる添加剤でも未処理の重合物質に基づいて0・01~5重量%の範囲内で使用される。(中略)上記の酸化防止剤およびU.V.吸収剤と三元結合して、一般式Ⅰ、ⅡまたはⅣで示される化合物はポリオレフィン調合に非常に効果的な安定性を与える。」(40頁右上欄3行ないし10行)との記載があることが認められる。
そして、前記1の当事者間に争いがない事実、上記認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、上記認定の引用例1記載の別紙第一の式(Ⅰ)の化合物(以下「式(1)の化合物」という。)が前記2(1)記載の本願発明のA化合物に含まれ、上記認定の<4>の(a)、(c)、(h)の化合物が前記2(1)記載の本願発明のB化合物に相当することが明らかである。
(2) そこで、引用例1に本願発明のA化合物とB化合物とを組み合わせてラッカーに添加することが開示されているかを検討する。
確かに、甲第3号証を調べてみても、引用例1に式(Ⅰ)の化合物(すなわちA化合物)と(a)、(c)、(h)の紫外線吸収剤(すなわちB化合物)とラッカーとを選択して組み合わせることを具体的に直接明示した部分はない、といってよい。
しかしながら、前記(1)において認定した引用例1の<2>の記載には、式(Ⅰ)の化合物を添加することにより光劣化が改善される有機物質として種々の重合体が例示され、その重合体がラッカーの基材をなすことが明瞭に示されている。
また、同<3>の記載には、式(Ⅰ)の安定剤と有機物質とからなる組成物には、場合によって他の添加剤を含んでよいと明示され、それらの添加剤として、酸化防止剤、可塑剤、乳化剤、帯電防止剤等の通常のプラスチック添加剤と並べてU.V.吸収剤(これが紫外線吸収剤と同義であることは、後記乙第3号証の記載から明らかである。)が明記されており、紫外線吸収剤を添加することは必要に応じて適宜なしうることであることが開示されている。そして、乙第3号証によれば、植木憲二著「塗料物性入門」(株式会社理工出版社昭和47年1月10日発行)には、塗料を形成する要素には、塗膜形成要素をなす塗膜形成主要素、塗膜形成助要素、顔料と溶剤とがあるが、塗膜形成助要素には、可塑剤、乾燥剤等のほか紫外線吸収剤(U.V.absorber)等の添加剤がある(4頁5行ないし19行)と記載されていることが認められ、ラッカーが屋外使用されうるとの技術常識をもあわせると、本件優先権主張日当時ラッカーにおいては紫外線吸収剤の添加が常套手段であったと認定することができる。
したがって、当業者であれば、引用例1の<2>及び<3>の記載を見れば、引用例1は、式(Ⅰ)の化合物を添加したラッカーに更にU.V.吸収剤を併用できることを教示していると理解するというべきである。そのうえ、引用例1の<5>には、基質重合体がラッカーではないが、式(Ⅰ)の安定剤とU.V.吸収剤とを結合しうることが記載されているから、この記載からも式(Ⅰ)の化合物を添加したラッカーとU.V.吸収剤との併用の可能性が裏付けられているということができる。しかも、引用例1の<4>の記載には、U.V.吸収剤として8種の化合物が例示され、その中には本願発明のB化合物に相当する3種のものが明記されている。
そうすると、引用例1の<1>ないし<5>の記載には、式(Ⅰ)の化合物(すなわちA化合物)とベンゾフェノン型、オキザルアニリド型又はベンゾトリアゾール型の3種の紫外線吸収剤(すなわちB化合物)とを含む重合体をラッカー用の基材とすることが実質的に記載されている、と認めることができる。
(3) なお、原告は、引用例1の実施例はすべて成型材料に関するものであって、ラッカーに関する実施例はないから、引用例1にはA物質をB物質と組み合わせたラッカー用安定剤は記載されていない、と主張する。
しかし、実施例が引用例1記載の発明のすべての態様を示すものでないことはいうまでもなく、前記(2)の説示とあわせれば、この主張は、理由がない。
(4) また、原告は、引用例1に列挙された8種の紫外線吸収剤は場合によって添加される添加剤であって、どれをA化合物と組み合わせて添加するのかは記載されていない、と主張する。
しかしながら、甲第5号証と前記(1)の認定事実によれば、引用例1の記載上これら8種の紫外線吸収剤は周知で同等のものと認識されていることが認められるところ、本件全証拠によっても、これら8種の紫外線吸収剤のうちいずれかをラッカーにおいてA化合物と併用したときに他のものの場合と比較して格別作用効果の差異が生ずると認めるには足りないから、引用例1はこれら8種のいずれをも同等に組み合わせられるものとして開示しているというべきであり、原告の主張は、失当である。
(5) 以上のとおりであって、引用例1にA化合物をB化合物と組み合わせたラッカー用安定剤は記載されていないとする原告の主張は採用することができない。また、この主張を前提として、本願発明と引用例1記載の発明が2、2、6、6-テトラメチルピペリジン化合物及び紫外線吸収剤を含む、重合体を基質とするラッカーを光の作用に対して安定化するためのラッカー用安定剤の発明である点で一致し、さらに、紫外線吸収剤の種類においても一致する、との審決の認定判断が誤りであるとする原告の主張も、失当であるというほかはなく、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。
4 取消事由2について
(1) 取消事由2<1>について
熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカーそのものが引用例2に示されるように自動車の車体塗装において通常に使用されていることは、前記のとおり当事者間に争いがない。
このようなラッカーにおいては、屋外での用途が自明であるから、何らかの光劣化を防止してラッカーの安定化を図る策を必要とすることは、技術上自明であり、原告も自認するところである。もっとも、原告は本件優先権主張日当時そのための技術としては、紫外線吸収剤を添加することしか知られておらず、乙第9号証もそのことを記載しているにすぎないから、相違点に係る適用は当業者にとって容易でない旨主張する。
ところで、乙第9号証によれば、昭和52年4月30日公開された特許出願公開公報には、同号証記載の発明の技術的課題(目的)について、「本発明はメタリック粉末を配合した塗料(ベースコート)を塗装し、次いで着色顔料を含まない紫外線吸収剤含有塗料(トップコート)を塗り重ねたのち加熱硬化せしめる、いわゆる2コート1ベイク方式によるメタリック仕上げ方法に関するものであって、その目的は従来から2コート1ベイク方式による塗装の欠陥とされていた屋外ばくろの際の塗膜のワレ、変色、退色、ふくれなどの、いわゆる耐候性が不十分なことを改良することにあり」(1頁左下欄14行ないし右下欄3行)との記載があり、その特許請求の範囲として、「メタリック粉末および必要に応じて着色顔料を配合した熱硬化性樹脂を主成分とする塗料(ベースコート)を塗装し、ついで該塗装面に熱硬化性樹脂を主成分とした塗料(トップコート)を塗装し、しかるのちに加熱硬化せしめるメタリック仕上げ方法に於いて、該トップコートとして紫外線吸収剤を含有せしめた塗料を用いることを特徴とするメタリック仕上げ方法」(1頁左下欄5行ないし12行)と記載され、その作用効果について、「紫外線エネルギーをトップコート内の紫外線吸収剤に吸収させ、トップコート、ベースコート樹脂の劣化を少なくすることによって、ワレ、ふくれを防ぎ、またトップコート内で紫外線を吸収させることにより、ベースコート内の顔料の変色、退色を防ぐ」(2頁左上欄18行ないし右上欄3行)との記載があり、従来技術の説明として「従来の2コート1ベイク方式におけるトップコートとしては着色顔料を配合しない、いわゆるクリヤー塗料が用いられており、メタリック粉末、必要に応じて着色顔料を配合したベースコート塗装面に、このトップコートが塗装されていた。」(1頁右下欄5行ないし9行)と記載されていることが認められる。この認定事実によれば、本件優先権主張日当時、二層焼付けメタリックラッカーのトップコート、すなわちクリアー層にその光劣化を防止するため添加剤を添加する技術が知られていたと認めることができる。
そして、乙第9号証記載の発明では、その添加剤が紫外線吸収剤単独であるが、前記3において検討したとおり、引用例1記載の発明は、「〔別紙第一の〕式(Ⅰ):(中略)の化合物及び塩(中略)を有機物質中に安定化作用量添加したことを特徴とする安定化有機物質組成物」であって、引用例1には、ラッカーの光劣化改善のため式(Ⅰ)の化合物を添加したラッカーに更に紫外線吸収剤を併用することが実質的に記載されているから、この引用例1記載の複合安定剤は乙第9号証記載の発明とラッカーの光劣化防止という目的を共通とするものであり、この複合安定剤を上記の目的のために自動車の車体塗装剤として周知の熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカー用に適用することは、本件優先権主張日当時当業者にとって容易に想到し得たことというべきである。
したがって、原告の前記主張は理由がない。
(2) 取消事由2<2>について
原告は、引用例1記載のラッカーは、使用された溶剤を揮発することにより物理的に乾燥するラッカー系で単に塗布を容易にするために使用されるにすぎないとの主張を前提に、引用例1記載の発明と本願発明とは技術内容が異なるから、引用例1記載の発明に引用例3記載のものを組み合わせても本願発明に想到することは容易でない、と主張する。しかし、甲第5号証及び前記3(1)の認定事実によれば、引用例1の記載を詳細に検討しても、引用例1記載のラッカーは特に溶剤を揮発することにより乾燥するラッカー系に限定されていないことが明らかであり、原告の主張は前提事実を欠き、理由がない。
(3) 取消事由2<3>について
<1> 甲第7号証によれば、引用例3は、発明の名称を「高分子有機化合物用安定剤」とする昭和50年6月9日公開の特許出願公開公報であるが、引用例3には、引用例3記載の発明の技術的課題(目的)として、「本発明は、新規な、高分子有機化合物用安定剤に関する。スチレン系重合体、特に、スチレンの共重合体(中略)は、(中略)多くの使用分野でますます多く使用されつつある。(中略)しかしながら、これらの安価なプラスチックを一般的にそして幅広く用いようとする際に障害となっているのは、それらの耐候性が不充分である事である。(中略)今までにも、外気にさらした時の、スチレン系共重合体の耐老化性を改善しようとする試みがなかったわけではない。(中略)しかし、これらの公知の耐老化性改良法によっては、充分な効果が得られないばかりか、技術的な不利益を被ることもある。(中略)従って、スチレン系重合体の色及び加工性の点で全く制限を受けない、ということから、汚損性のない添加剤を添加して耐候性を半永久的に改良する方法が、技術的にみて、前記の問題の理想的な解決法であろうと思われる。本発明者は、(中略)新規な高分子有機化合物用安定剤を見出したのである。」(3頁左上欄10行ないし右下欄6行)との記載があり、その特許請求の範囲として、「次の成分:a)次式〔別紙第二の式〕(Ⅰ):(中略)で表わされる立体障害性環状アミンの少なくとも一種、及びb)次式〔別紙第二の式〕(Ⅱ)、(Ⅲ)、(Ⅳ)、(Ⅴ)、(Ⅵ)、(Ⅶ)または(Ⅷ):(中略)で表わされる、共安定剤の少なくとも一種、からなることを特徴とする高分子有機化合物用安定剤」(1頁左下欄5行ないし3頁左上欄8行)と記載され、その作用効果として、「本発明による新規の安定剤を使用することによって、スチレン系重合体、特にABS樹脂などのスチレン系共重合体を、紫外線照射、熱及び酸素による有害な影響から、スチレン系重合体の変色を伴うことなく、効果的に保護することができる。さらに、本発明安定剤で安定化されたプラスチックは、どのような成形加工法を用いることによっても再成形され得るし、また、外面の保護被覆を含めてどのような後処理をも必要としない。本発明安定剤によって安定化され得る基質には、次のものがある。ポリスチレン、及びエラストマーで変性された耐衝撃性ポリスチレン、スチレン系共重合体:例えば、スチレンーアクリロニトリル共重合体及び、例えばスチレンーアクリロニトリルーメチルメタクリレート共重合体、スチレンーアクリロニトリルーブタジエン共重合体、スチレンーアクリロニトリルーアクリル酸エステル共重合体などの、その他の共重合可能な単量体をもいっしょに共重合させて得られた共重合体及び、アクリル酸エステル重合体での変性により耐衝撃性が付与されたスチレンーアクリロニトリル共重合体など、EPDM(エチレンープロピレンージエン単量体)での変性により耐衝撃性が付与されたスチレン系重合体、など。上記の重合体において、スチレンの一部または全部をα-メチルスチレンで置き換えて得られる重合体も、同様に安定化され得る。本発明安定剤は、特に、スチレンーアクリロニトリルーブタジエン共重合体の安定化に有用である。」(22頁右下欄3行ないし23頁右上欄3行)との記載があり、また、「本発明複合安定剤の成分として適当な、式(Ⅰ)で表わされる立体障害性環状アミンの例としては、次の式で表わされる化合物があげられる。」(5頁右上欄9行ないし11行)との記載とともに別紙第三のものを含む化学式が掲げられていることが認められる。
<2> 甲第3、第4号証及び甲第7号証と上記<1>の認定事実及び前記2の認定事実によれば、式(Ⅰ)で表わされる立体障害性環状アミンの例として引用例3に挙げられた別紙第三の化学式のものは、いずれも本願発明のA化合物に相当すること、引用例3記載の「式(Ⅱ)、(Ⅲ)、(Ⅳ)、(Ⅴ)、(Ⅵ)、(Ⅶ)または(Ⅷ):(中略)で表わされる共安定剤」のうち式(Ⅱ)で表わされるものがベンゾフェノン型のもので、式(Ⅲ)で表わされるものがベンゾトリアゾール型のもので、式(Ⅳ)で表わされるものがオキザルアニリド型のもので、いずれも本願発明のB化合物に相当することが明らかである。
<3> 原告は、本願発明の複合安定剤で安定化される樹脂は、三次元網目構造を有する樹脂で、引用例3記載の発明の重合体と化学構造を異にしており、光による分解のメカニズムも異なるから、引用例3記載の発明と本願発明とは技術内容が異なり、引用例1記載の発明に引用例3記載のものを組み合わせても、本願発明に至ることは当業者であっても容易でない、と主張している。
確かに、上記<1>の認定事実によれば、引用例3には、引用例3記載の発明により安定化される樹脂として、スチレン系樹脂しか明示されていないことが明らかにされている。そして、引用例3のスチレン系樹脂はいずれもスチレン又は共重合モノマーが持っている二重結合でモノマーが重合したものであることは、技術上自明である。
これに対し、乙第7号証(増田利平執筆「アクリル樹脂塗料の特性と塗装上の注意事項」塗装技術1974年10月臨時増刊理工出版社発行)及び弁論の全趣旨によれば、本願発明の基質樹脂である熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂は、例えば別紙第四(乙第7号証126頁、127頁)の第1図記載のメラミンと反応して同第2図記載のような三次元構造体を生成する反応性基を有し、この樹脂は、ラッカーとして塗布して硬化した後同第2図記載のような三次元構造体となることが認められる。
また、重合体の光劣化は、後記のとおり、主として紫外線エネルギーを吸収して分子間が切断される結果生ずるが、甲第13号証によれば、甲第13号証は、J.L.ゲルロックほか執筆「光分解の間のアクリル/メラミン塗膜からのホルムアルデヒドの放出及び光で強められた架橋結合の加水分解のメカニズム」(Ind.Eng.Chem.Prod.Dev.1986年25号449頁ないし453頁)であるが、甲第13号証には、「先のアクリル/メラミン塗膜に関する薄層フィルム赤外分光分析の研究は架橋結合の分断が紫外線に暴露されている間に促進されることを示した。架橋結合の分断は、硬化の間に消費した共重合体の水酸基の再生とメラミンメチロール基の生成をもたらす。これらの生成物は加水分解プロセスを示唆している。メラミンメチロール基の縮合は、メラミンーメラミン架橋結合を生じ、副生成物としてホルムアルデヒドを放出することが見出された。(中略)ニトロキサイドをベースとするヒンダートアミン光安定剤で処理された塗膜は非常に減少された速度でホルムアルデヒドを放出することを見出した。この結果は、紫外線暴露の間の架橋結合の分断のメカニズムは本来遊離ラジカルにあることを示している。」(449頁要約1行ないし9行)と記載されていることが認められるが、甲第3、第4号証と前記2の認定事実を総合すれば、本願発明の架橋重合体においては、上記分子間の切断が架橋部分において起こり、その劣化のメカニズムは上記甲第13号証に記載されたとおりであると認められる。これに対し、前記の引用例3記載の樹脂には架橋部分がないから、架橋部分での切断はありえないことは、自明である。
<4> しかしながら、乙第6号証、第10ないし第12号証によれば、原崎勇次著「コーティング工学」(株式会社朝倉書店昭和47年3月1日発行)には、「光によって高分子が劣化する反応は高分子の化学構造に依存し、光エネルギーを吸収する結果生ずるものである。太陽光はそのエネルギーの源泉であるが、高分子の劣化の大部分は(中略)紫外域で生ずる。この紫外域は全太陽光のわずか約5%であるが、(中略)高分子中の多くの結合を破壊するのに十分である。(中略)酸素によって光劣化が促進され、酸化に続いて分子の切断(中略)などが起こり、最終的に高分子の物理的、化学的性質の変化を引起し、収縮やひび割れを発生することもある。」(33頁3行ないし13行)との記載があり、高木功男執筆「塗料における紫外線吸収剤の利用について」色材協会誌44巻10号35頁(社団法人色材協会昭和46年10月30日発行)、塗料便覧編集委員会編「塗料便覧」(日刊工業新聞社昭和40年11月29日発行)29頁及び児玉正雄ほか共著「塗料と塗装」(株式会社パワー社昭和48年7月30日発行)29頁ないし30頁にも塗料についてほぼ同様の記載があることが認められ、本件優先権主張日当時、一般に塗料等重合体の光劣化は、主として紫外線エネルギーを吸収して酸化反応が起きて分子間が切断される結果生ずるものであることが技術常識であったと認定することができる。
したがって、本願発明と引用例3記載の発明との間においては、分子間の切断が架橋部分で起こるかそうでないかの違いがあるとはいっても、それは所詮切断されるものの化学構造が異なることを言い換えた以上のものではなく、紫外線により分子鎖の切断反応が起きて劣化が生ずる点で全く違いがなく、結局劣化メカニズムは実質的に差異がないことが明らかであり、また、後記のとおり、本願発明の作用効果は引用例3の記載から予測できるものであるから、前記<3>で認定した化学構造の違いを考慮に入れても、両者が技術内容において異なるということはできない。
また、重合体の光劣化を防止するに当たって引用例1、引用例3に記載されたような公知の重合体安定剤の適用を試みることは当業者にとって当然のことというべきであって、しかも、本件全証拠によっても本願発明においてその適用を阻害するような客観的事実を認めることはできないから、引用例3記載の発明に他の重合体の光劣化防止技術を適用することが困難であるということはできず、したがって引用例1記載の発明に引用例3記載の発明を組み合わせて本願発明に想到することは容易というほかはない。
以上のとおりであって、原告の主張は失当であり、この点に関する審決の判断には誤りはないというべきである。
5 取消事由3いついて
(1) 原告は、本願発明はピペリジン化合物を特定の紫外線吸収剤と併用することにより相乗効果を生じ、予測できない作用効果を奏する、と主張する。
そこで、まず、この点について検討すると、甲第3、第4号証、第8号証によれば、本願明細書には、「最高の光安定性を達成するため、他の常用の安定剤である紫外線吸収剤を併用する。」(補正明細書53頁12行ないし13行)と記載され、また、実施例について具体的な記載があり、殊に願書に添附された別紙第五の第2図(Fig.2)及び補正明細書中の別紙第六の第Ⅶ表ないし第ⅩⅠ表において光沢保持時間及び亀裂が生ずるまでの時間についてその作用効果が記載されていることが認められる。
このうち前記のA化合物及びB化合物単独のものと、A化合物とB化合物との併用のものを対比して示し、併用に伴う相乗効果を示そうとするものが別紙第五の第2図、別紙第六の第Ⅳ表、第Ⅹ表であることは明らかである。
別紙第五の第2図によれば、2500時間の紫外線暴露の後光沢の保持がA化合物単独では約60%であるのに対して、A化合物B化合物併用では約83%である。また、A化合物B化合物併用では2500時間後に保持する光沢度をA化合物単独では約1100時間しか保持することができない(そうすると、保持時間は併用により約2.3倍(2500÷1100)増加したことが明らかにされている。)。
別紙第六の第Ⅸ表を検討してみると、例えば、安定剤を添加したもののうち三段目のものによれば、50%光沢保持時間が、A化合物単独で2400時間、B化合物単独で2000時間、したがって、単純に平均すると、A化合物B化合物併用では2200時間が予測されるところ、A化合物B化合物併用の結果は3300時間であり、1.5倍(3300÷2200)耐候性が増加しているということができる。また、同じく三段目の亀裂発生時間で同様の計算を試みると、亀裂に対する耐候性は併用のもので1.3倍強増加していることが判明する。同様の試算をすると、第Ⅸ表では併用により光沢保持時間が1.2倍ないし1.5倍、亀裂発生時間が1.1倍ないし1.3倍強増加していることが明らかである。
別紙第六の第Ⅹ表の記載のうちで最も効果が上っていると見られるのは、安定剤を添加したもののうち一段目のものであるので、その結果を検討すると、12か月後の光沢の保持がA化合物のみで70%、B化合物のみで59%であるから、単純に相加平均を取れば64.5%であるが、A化合物B化合物併用の結果は80%であるから、光沢保持時間が1.2倍強(80÷64.5)増加している。また、A化合物B化合物併用のものは24か月後でも73%光沢保持しているから、単独の12か月後の保持率より良好であるということができる。
(2) これに対して、甲第5号証によれば、引用例1には重合体の光安定化について、伸び率、シミダシ、黄変、引張り強さ、破壊に関する耐候性試験が具体的に数値を掲げて記載されているが、いずれも引用例1記載の式(Ⅰ)のピペリジン化合物単独で用いるものの結果が記載されているのみである。
また、甲第7号証と前記4(3)<1>の認定事実によれば、引用例3には、プラスチックの耐候性を改良するには紫外線吸収剤単独では十分でないので、引用例3記載の式(Ⅰ)の立体障害アミンと併用した共安定剤を提供すること(3頁右上欄9行ないし5頁右上欄8行)が記載され、別紙第七の第1表ないし第4表(25頁ないし27頁)に、光劣化の目安となるカルボニル吸収強度、衝撃強度、黄変の耐候試験の結果が、式(Ⅰ)の化合物単独の場合、紫外線吸収剤単独の場合、併用の場合と対比して掲げられ、相乗効果があることが数値をもって示されていることが認められる。この別紙第七の第1表ないし第3表について、前記(1)において本願明細書の表により計算したと同様の計算を試みると、併用によって、カルボニル吸収強度は1.5倍ないし2.0倍、衝撃強度に関する耐候性は1.7倍ないし2.4倍増加していることが明らかである。また、別紙第七の第4表によれば、黄変率の増加が0.51ないし0.37に減少していることも明らかにされている。
(3) そこで、前記(1)、(2)での検討の結果により本願発明と各引用例記載の発明との作用効果を対比する。
まず、本願明細書と引用例3とに共通に記載されている、耐候性がどの程度伸びるかの率を概略で対比してみると、本願発明では1.1倍ないし1.5倍程度(別紙第六の第Ⅸ表、第Ⅹ表)で、最大で2.3倍程度(別紙第五の図2)であるのに対し、引用例3記載の発明では1.7倍ないし2.4倍であることが明らかにされており、併用に伴う相乗効果の程度において本願発明が引用例3記載の発明より顕著に優れているとはいえない。
上記以外の作用効果については、本願明細書で具体的に示された試験が光沢保持時間と亀裂が生じるまでの時間であるのに対し、引用例3ではカルボニル吸収強度、衝撃強度、黄変に関する耐候試験であるため、そのまま対比することはできない。しかしながら、そこに示された試験結果は、本願発明においてA化合物とB化合物を併用した結果、各化合物を単独で使用した場合よりもある程度すぐれた数値が得られたことを示しているが、同時に既に引用例3記載の発明においても式(Ⅰ)の化合物と紫外線吸収剤とを併用した結果すぐれた相乗効果が得られることを示しており、ほかに本願明細書で具体的に示された上記試験結果において引用例3記載の発明よりも本願発明がすぐれていることを認めるに足りる証拠はない以上、本願発明の奏する作用効果が引用例3記載の発明から予測し得ないほど顕著であるとはいえない。
したがって、本願発明においてA化合物とB化合物とを重合体に併用したことの作用効果は、引用例3記載の発明から予測できた範囲内のものであって、本願発明の奏する作用効果は、本件優先権主張日当時当業者において引用例1ないし3記載の発明に基づいて引用例1記載の発明を自動車の車体塗装剤として周知の熱架橋性アルキド樹脂又は熱架橋性アクリル樹脂を基質とする二層焼付けメタリックラッカー用に適用するに当たり、当然予測し得たものと認められる。
(4) また、原告は、本願発明には、クリアー層に複合安定剤を添加するだけで二層焼付けメタリックラッカー層全体を顕著に安定化することができるという作用効果もある、と主張する。
しかしながら、前記4(1)の認定事実によれば、乙第9号証には、熱硬化性樹脂を基材とするメタリック塗装のトップコートに紫外線吸収剤を添加することによって全体のコートを安定化することが記載されていることが明らかにされており、原告主張の本願発明の作用効果は、当業者であれば当然に予測できることである、といわなければならない。
(5) そうしてみると、本願発明の作用効果が極めて顕著で全く予測し難いものであったとの原告の主張は失当であり、本願発明の作用効果は各引用例の記載から予期される以上のものを奏するとすることができないとした審決の判断に誤りはないというべきである。
6 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙第一
<省略>
別紙第二
<省略>
別紙第三
<省略>
別紙第四
<省略>
別紙第五
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Fig.2
○・・・2、4-ジヒドロキシ-ベンゾフェノン(1%)を添加
×・・・2-(2-ヒドロキシ-3、5-ジーヒ-アミル-フェニル)-ベンゾトリアゾール(1%)を添加
□・・・化合物11(1%)を添加
●・・・化合物11(0.5%)と2-(2-ヒドロキシ-3、5ジーヒ-アミル-フェニル)-ベンゾトリアゾール(0.5%)とを添加
別紙第六
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別紙第七
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